その存在は知っているものの、自分の知っているその姿と違った姿をしているとき、それは不安とある種の恐怖を誘う。先日けがをしているのか、おしりをふりながら歩く蟷螂を見た。なんか、申し訳ないが気持ち悪く思い、かといって目を離す頃ができなかった。きっとこの作中の蟷螂の腹は子供がいるのだろう。けれど、子供がいるってことは、雌が雄を食べた可能性もあり、そのおなかの膨らみは、子供だけのものではないのかもしれない。そう思うと、余計に恐怖を感じる。
週刊俳句282号「膝小僧」より。
その存在は知っているものの、自分の知っているその姿と違った姿をしているとき、それは不安とある種の恐怖を誘う。先日けがをしているのか、おしりをふりながら歩く蟷螂を見た。なんか、申し訳ないが気持ち悪く思い、かといって目を離す頃ができなかった。きっとこの作中の蟷螂の腹は子供がいるのだろう。けれど、子供がいるってことは、雌が雄を食べた可能性もあり、そのおなかの膨らみは、子供だけのものではないのかもしれない。そう思うと、余計に恐怖を感じる。
週刊俳句282号「膝小僧」より。