卒業の兄と来てゐる堤かな   芝不器男

卒業する「兄」と一緒に「堤」へ来た、というだけの内容であるにもかかわらず、
この「堤」で、よく遊んだり喧嘩したりしたなあという思い出が読者に乗り移ってくる。
兄が卒業してしまうことへのさびしさや、祝福の気持ちがどこにも書かれていないからこそ、
いわゆる型通りの兄に対する思慕になってしまうことなく、
いつでもその日のたしかな気持ちを呼び起こすことができるのだ。
ささやかな「堤」という場所に春の陽射しが感じられ、とても優しい気持ちになる。

坪内稔典・谷さやん編『不器男百句』(創風社、2006)より。