今イクヤ

 (加藤郁乎句集『實』文學の森 、2006)

 

あはれあはれ、ずぶ濡れのきりん君、やうやう家に帰り着き、押し入れの居候を叩き起こしてわんわんと泣き叫びつつ

 

きりん君 虎えも~ん

虎えもん なんでぇ、犬じゃあるめぇし、わんわん泣きやがって、昼寝もできやしねぇ、男がそんな泣くもんじゃねえよ、まったく情けないね。

きりん君 江戸の俳諧師達がね、きりんは野暮天だからモテねぇのさって、言う~

虎えもん あたってるじゃないの、そんで泣いて帰ってきたの?かぁ~、情けないね。

きりん君 ・・・なんかない?

虎えもん ・・・なんかって何?

きりん君 なんか・・・モテるやつ出してよ

虎えもん ・・・そういうとこが駄目なんだよ、ったく仕方ないねぇ・・・

と、きりん君に甘い虎えもん、ぽけっとをもぞもぞ探り・・・

ぱかぱぱーん!

と取りだしたるが今回紹介する、加藤郁乎句集『實』なのです。

 

僕には、この人が載ってるから今月はこの俳句雑誌を買おう、という好きな作家が何人か居ますが、その中の一人が加藤郁乎さんです。郁乎さんの句が好きだよ、とか言うと大抵、

 

冬の波冬の波止場に来て返す

 

とか

 

けんぽー二十一条を吹く野の花のぽー

 

とか良いよね、とか言われます、・・・うん、確かに良いんだけど、実は僕が好きなのは、『江戸桜』以降(最近の四句集)ぐらいからが特に好きなんです。
それで今回は『實』から紹介させていただきます。

 

郁乎さん自身俳諧は謎解きです、と仰ってまして、明治文学、芝居(特に歌舞伎)や江戸っ子知識が無いと読み解けない句がたくさんあるんです、僕はそれもわからないなりに面白いとは思いますが、一般読者にはお手上げ、との方も多いのではないでしょうか?

例えばそうだなぁ、

 

根岸より参りさうらふ手を焙る


の自注(『俳の山なみ』角川学芸出版、2009)を読むと

 

根岸というと子規庵としか返ってこない俳人などというのはつまらない。せめて抱一とか鵬斎くらいの名を挙げ、笹の雪のきぬごしくらいが出なければおもしろくない。

 

こっから始まってるんですよ。この俳句、僕はへ~、と感心して読んでしまいました。みなさんそこまで読めました?

 

作者の郁乎さんからしたら、そのぐらいわからん野暮は読まなくてもよろしい、という事なのかもしれませんが、さてさてここは我儘で好き勝手な『きりんのへや』、そんな知識なしでも楽しめる句がこんなにあるって事を紹介したい!どれも男らしく実に伊達、さぁ長くなりましたが読んでいきましょう。

 

 

ひとまはり馬鹿を大きく水ぬるむ

 

馬鹿だねぇの馬鹿です。男前

 

 

彼岸会の骨ある駄句をひろひけり


骨のある駄句とない駄句があって、無い句はひろってもらえません

 

 

冷奴十年早い奴共

 

僕はこの句を見つけて、あっ、と思って大慌てで古本屋を廻り郁乎さんの本を集め始めました。

俳句で見得を切る、こういう句は、立派な句と解釈するとまったく面白くなくて、浅井健一(ベンジーね)の歌詞のごとく、直球過ぎてちょっと笑ってしまう、ダサさがカッコいいと感じないと味わえません。

 

 

いはれなき淋しさに酒ひやしおく

 

飲み潰れるには冷や酒の方があっていると思います、お燗はもうちょっと幸福な酒

 

 

送り火や女で苦労してから来い

 

ハンサムスーツを着ましょう。この句は誰が言ったかで、何パターンかの楽しみ方がありますね。

 

 

しぬしぬときくきくだにも秋の風


秋の風がなんとも効いてます、別にコブラツイストされてる時の句じゃないですよ。

 

 

なんだねえ改まつてさ扇おく


言われてみたい、相手は中谷美紀が良い

 

 

一代のおかまこほろぎ終りけり


なんだかこう男一代というような、変に迫力がありますね。

 

 

もみづるに袖なからうぜ江戸桜


カッコいい、もうこのまま歌舞伎の台詞みたいですね、これはわかりやすい歌舞伎のパターンで『籠鶴瓶』ですね、フラれた時とかに使ってみたい

 

 

藤むらの羊羮が出る松手入

 

そんなお宅にお邪魔したい

 

 

鬼豆腐てふ蒟蒻のおでんさま


おいしそう、名前からあつあつなイメージが膨らみます

 

 

ねんねこにあいと答へてとちりける


大好きな句、あい、が可愛すぎる句

 

 

こぞことし玉は玉なり石は石


これも立派(な事を言ってる、名言的)と解釈するんじゃなくて少し斜めから読みましょう。ほらっ、クスッとちょっと面白いでしょ?句集全体を読むと、なんだか玉だけじゃなくて石にも温かな視線を注いでいる感じが、じわりと伝わります。

 

 

しよんぼりとゐるだけでよし春袷


しよんぼりが可笑しくて可愛い、そんなジー様になりたい。

 

 

縞明石それを云つちやおしめえよ


野暮一「なんじゃいなんじゃい、きりんだか驢馬だか知らねえけれど俺らの句ちっとも取らねえじゃねえか、どういう事じゃい」

ちっちっち

きりんさん「おいおい野暮一、お前さんね、縞明石それを云つちやおしめえよ」
と使うのが正しい

 

 

君の庭はや秋草でありにけり

 

寂しさが秋草に痛いほど出てますね

 

 

ちんと待つだけのきんたま火鉢かな

 

こう言った男俳句も作ってみたいもんです、火鉢が良い味です。

 

 

猫やなぎ当風好かぬまでのはなし


ぷいっとするところを想像すると少し可愛い感じもありませんか?昔の文豪とかで想像しても楽しい

 

 

けふもまた一字を探り夕かすみ


夕かすみが淡くて良いですね、探りがミソ

 

 

ぞつこんの忘れ扇や置き忘る


この句も大好き、カッコいいですね、中谷美紀を希望します、あ、小雪も好きです

 

 

夜長覚む真似合できぬ句があるぞ

 

この自信が男前、(最近の)郁乎さんみたいな俳句って実際作ってみるとわかりますが、似せても全然うまくいかないんです、これね、なかなか真似がきかないんですよ、そこが痺れる。

 

 

ぬかりなく格好つくよと芋は芋

 

芋は芋とは言いつつもその野暮さも許してくれるユーモアを感じます

 

 

火が恋し一日しどい句を拾ひ

 

ね、これもまた探るという事

 

 

いつまでもはなれずにゐよ雑煮箸


ね、雑煮箸ですよ、こんなの言われた日にはあなた、でも言う方にも貫禄が必要ですね、カッコいいと言うより優しい句

 

 

いつくしみいつくしみ秋のともしび


か細くて繊細だけど明るい灯を感じます

 

 

財布よりくさや取り出す小正月


通ともなるとくさやも出ます

 

 

西洋鮓とはホットドッグがことなり


ほんとっ?まさか

 

 

冷奴あやまり酒に付き従ふ


男は優しくないといけねぇ

 

 

初蟬か松蟬しぐれ妻を抱く

 

僕は草田男の「妻抱かな」よりこっちのが好きです、もう蝉なんかよりね・・・

 

 

初風や絶対服従うしろつき

 

お~、男ですね、でもね、これ絶対奥さん大事にしてると思いません?それも初風でほのかにわかるようになってます

 

 

向うでも綺麗でゐなよ秋彼岸

 

ゐなよ、が限りなく優しい。

 

 

桐一葉さらにどうでもよく落ちる

 

高田純次に真面目な顔でこんな俳句を作ってもらいたい。さらに、がやはり手練れ

 

 

君がため世がため熱き燗はしご

 

どこがどう世のためなのかよくわからないところがチャーミング

 

 

こぞことしほとほと難句なかりける

 

現在の俳壇にかかってこいと言わないばかりの句ですね、自信満々。

 

 

俳諧で棒に振りたる日永かな


あぁ~あ、と思ったり、やっぱりこれで良いのさ、と思ったり、この句を詠むのも相当自信が無いと駄目

 

 

汗ぬぐふ八方美人じつは美人


この遊び心がたまらない、一度で覚えてしまう句

 

 

通り雨おなつかしいはねえだらう

 

と、言えるような男になってみたいぜよ

 

 

とこれまで読んでみましたが、どうです?実はこの句集こんな風になんにも知らなくてもちゃんと楽しめる句があちらこちらに散らばってます。と同時に、ある程度知識が必要とされる俳句(先ずは旧派の俳句なんか読むと良いかも)も同時にあって、それには簡単には開かない宝箱のような楽しみがあります。

 

この男前の句集、ぜひ読んでみてください。

 

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