(「俳句 3月号」角川学芸出版、1976)
暑いし雨だし、ダーラダラ♪
「饅頭なんか食ってのんきだなおい、そんなだから『きりんのへや』だけ別格に格調低し、とか言われるんだよ」
おーし、わかった、立派なやつひとつ書いてやろうじゃんかよ
「え、きりんってそんなのできたっけ?」
おーし、・・・じゃあ石川桂郎の飲み屋での話を・・・
「そんなんばっかりやってるから駄目なのよ、でもまぁ、聞こうじゃない」
と、可哀想な一人芝居をしましたが(もうすぐ日付が変わるのに何やってんだろ)、
紹介するのは昭和51年3月号の角川俳句、これは石川桂郎追悼特集になってます。俳人には作品が面白い人、人物が面白い人とありますが、桂郎さん、両方大変面白い僕の大好きな俳人です。
さて、桂郎さんの俳句はそのうち紹介するとして、今回はこの追悼特集の中で特に僕が好きな話をひとつ。
それは『思ひ出』という題で書かれた河上徹太郎の文章です、当時、桂郎は鶴川(白洲次郎、正子夫婦も居たところ)に住んでいて、河上徹太郎は隣の柿生(柿と寺の町、和菓子屋がたくさん)に住んでいてお互い仲良しであったらしい。
思へば彼は格別私の闇酒に気を遣つてくれた。たしか創元社時代だつたか、浅草に当時の定量以上ジョッキを飲ませるビヤホールがあるといつて、数人の社員を案内してくれた。それでもわれわれのテーブルの上が淋しくなつた頃、ただならぬ怒声が隣の席で湧いた。桂郎さんがテーブルの下を伝つてこつそり盗もうとしたのである。土地柄袋叩きに合ひかねない勢だつたが、どんな話合ひをつけたのか、彼は無事還つて来た。桂郎さんはさういふ器用な人である。
僕はこの話から桂郎さんの事が大好きになりました、テーブル潜って隣の席から酒を盗もうだなんて酒飲みの鑑、素晴らしいエピソードですね。
とにかく桂郎さんって方は人間臭く、この追悼特集の中では面白いエピソードがたくさん入ってます、なんとかみなさん古本屋で手に入れてください、損はしませんぜ。
僕が石川桂郎について唯一不満なのが、全集が出てない事、色々事情があるんでしょうが、こんな面白い人です、読本シリーズでも良いから、なんとか出ないかなぁ。