この頃の川柳の人達2

2001.2.1 川柳木馬ぐるーぷ発行
「現代川柳の群像」より。

僕から電話をかけて、今晩飲みましょう、と言える相手は世の中に村上さんしか居ない。敦姉は忙しいし、だいたい飲んでるか句会をしているのでメールで誘う。三十を過ぎてから友達を作るのは大変難しい。友達が少ないと書くと黒岩くんにまた心配されてしまう…。

もしもし、はーい、元気ですか?えぇ、今暇ですか?何?銀行くの?行かない行かない、浅草橋の◯◯で肉食べたいなと、行きましょう。でも今日は用事があるからだめ、何ですか?また南風ですか?荷物が来ることになっているので、そんなもんどうだって良いじゃないですか、行きましょ。まぁ、でも、たいした荷物じゃないから良いか、何分で行けそうですか?十分、あ、僕十五分ぐらいです。じゃあ浅草橋で。はーい。

という感じで来てもらい、浅草橋の洋食屋でA子と村上さんと三人であーだこーだと遊んできました。俳句の愚痴をぐちぐち、ビールを三杯のワインを三本。グラグラになりながらA子に多大なる迷惑をかけながら帰って行ったのです。

さて川柳の続きです。たまたまマクラと同じ村上さんですが、こちらは青森の村上さん。読んで行きましょう。

村上秋善

花よりも明るくなれぬ花の村

あぁ、村。

息詰まる稲の暗さを進まねば

あぁ…。

のがれたい父と一途に土を踏む

毎日毎日。

農夫らの腰のあたりに溜まる冷え

痛ぇ…。

なにも言わない民の大きな掌が二つ

耐え難きに耐え続け。

子らは土下座の父母を出て行く畑を出て行く

重い句。どの句も人間のドラマがある。人間のドラマは重い。

鍬を持つ掌から離れてゆく子らの

毎日を繰り返す。

青森の冷害の村がテーマです、俺が詠まなければ、という想いが伝わってきます。

じゃ

ばーい