登四郎どうしよう⑥

平成2.11.20 富士見書房刊行
俳句研究別冊 能村登四郎読本

川柳カードの句会に参加させてもらって、関西弁って良いなぁと心から思いました。東京の人が使う「なんでやねん」はほんとに面白くないというか、スベるんですが、正しい「なんでやねん」は実にいいもんです
。川柳カードの句会ではお互いズバズバ意見が出るんですが、それでも嫌な空気にならない、むしろ和やかな空気なのは、関西弁が空気を明るくしているんじゃないかなと。

飲み会では、くんじろうさんが目を両手でごしごし擦りながら「もう、目も見えへんし、耳も聞こえへん、お酒も飲めへんし」と泣き真似(もちろんジョークで全部嘘)をしながらお酒をごくごく飲み干して行くのを見ながら盛り上がる。これもやっぱり関西弁だから面白い。

僕の小さい頃の写真に、タイガースの帽子をかぶってピースしているのが一枚あります。あの頃は、関西弁を喋っていたらしい。なんだか三十を過ぎると色々懐かしいなと。

じゃ、俳句の話へ。

登四郎句集の『民話』より。うーん、これもたくさんあるので二回に分けて読みましょう。

『民話』

雪見るや始終を肩に手を置かれ

さりげなく、ぽん。

疲れては綿虫つけて家に入る

あらあら、こんなに綿虫つけて。

咳の後きらりと妻の泪眼よ

妻の目きらり。

風呂吹の匂ひの家や母がゐむ

それぞれの家にそれぞれの匂い。

大風呂敷男帰りぬ柿置いて

わざわざありがとう。

ゆつくりと光が通る牡丹の芽

ぼうたんの芽にゆっくりと。

寂しさや悪友もなく芹食めば

僕の好きな歌の歌詞に「何かとっても悪いことがしたぁ~い」というのがあるんですが、たまにそう思う。

火が入りて闇がためらふ薪能

火がゆらゆら闇がゆらゆら。

こまかなる光を連れて墓詣

美しい墓詣。墓詣には美しいのと、モワッとしたのと二通りある。

踊る輪に身が透きとほるまで踊り

透きとおる時、いい気持ち。

泳ぎ来し人の熱気とすれ違ふ

振り返って見つめていそう。

鶏頭や仏間に入りし風死んで

風「うぅ…」

白が青に染まるあたりの葱うつくし

そのあたりが好き。

綿虫を今も見てゐむ細目して

薄くじろりんちょ。

むつちりと手応へ寒の餅とどく

むっちり、もっちり。

忘れゐしもののひとつに炭火の色

ぼんやりとした美しい記憶。

雪の旅より男の匂ひ濃くもどる

濃厚な。

路地からも鳥雲に入る天が見ゆ

空よりも天。

朧夜の匂ひしてゐるかくれ部屋

かくれ部屋で朧夜を味わうような、そんな休日が欲しい、お酒は洋酒が良い。

雨ふふむ辛夷をくれし美男僧

美男僧ってトキワ荘みたい。

毛虫つく曾て艶なる桃一樹

老いの哀しみ。

梅雨の森見る遠距離をよしとする

なんだか癒される句。

何のうれしさ蝸牛の渦をかぞへをり

嬉しいような病んでるような。

潮焼を撫しつ叩きつ男同士

うふふ、あはは。楽しい日。

父と子のゐる冬景を遠く見る

冬には透明感がある。

枯山に僧ゐて枯るる香がのぼる

枯れに枯れています。こんな僧もお好き。

斧買ふや十月なにか始めむため

思いきったことをしよう。

隙間風死もちらちらと閃めける

ちらちらと、よぎる。

寒鮒のいま骨までが煮ゆる音

ぐつぐつの極まり。

これで終りの大根として素直に抜け

はい。

おぼろ夜の霊のごとくに薄着して

透けるように薄い。

登四郎さんの俳句は晩年ほど好きなのが多いのですが、ちらちらと、面白い句が増えてきました。

この「ちらちら」と変わってくる様子を感じとるのも、全句集の楽しみですね。

じゃ

ばーい