『斎藤茂吉全歌集』(筑摩書房、1968)
『つきかげ』を読む
特に理由も無いけれど、あぁー、やるせないなぁ、くじけてしまいそうだな、という瞬間が一週間に約10回ほどあります、今日もなんとなくやるせなくて、ふらふらと本屋に寄り、なぜか金魚が載っている写真や本を七冊も立ち読みしてしまいました。金魚は可愛いので大好きですが、飼ってしまうと死んだ時に立ち直れないような気がして、飼わないようにしています、あぁ金魚が僕の部屋に居たならば、どんなに毎日が楽しかろう、などと寂しい事を思う28歳です、あ、大学の後輩から電話がかかってきた、R子、君は今幸せかい?
R子「先輩久しぶりです、あのね、Eちゃんが今度結婚する事になったんだって、なんか苗字は佐藤になるんだってさ、うん、でね・・・」
二時間の電話後
あー、やるせないぜ、28歳でこんなにやるせなくて、いったいどんな未来がやってくるんでしょうかね、タハハのハ
うそうそ、うそようそ、毎日楽しいよ、さ、茂吉を読もう、茂吉先生、晩年はどんなでしたか?結構それは、楽しいものですか?
夕づつの光の明(あか)きころほひに露伴先生いますがごとし
時代を感じますね、露伴先生
かくのごと老いたるわれも奮ひたつ朝日歌壇にわが友よ来よ
そんな事言われたら出しちゃうぜ、嬉しいでしょうね、こんな事言われたら
最上川螢の飛ばむころほひに吾も行きなば楽しからむに
行けば良いじゃないスカ
人の世の鰻供養といふものにかつても吾は行きしことなし
行けば良いじゃないスカ、むしろ行ってください、たくさん食べてますし
ぷらぷらになることありてわが孫の斉藤茂一路上をあるく
ぷらぷらって!?有名な歌だけど可笑しい
蚤渡来のことなどしばし空想しせまき畳に居たる安心
もっと楽しい事考えましょ
かなしくも自問自答す銃殺をされし女にこだはるかこだはりもせず
やるせない、鬱々とした思いが出ていますね
寒蜩(ひぐらし)もすでに鳴かずとあきらめてそれより後(のち)のゆふまぐれどき
あきらめて、に鬱々感が出ている
汗垂れてわれ鰻くふしかすがに吾よりさきに食ふ人のあり
良いじゃない、別にさ、いや、許せないのかな・・・。
もろ膝をわれは抱きて山中にむらがる蟬を聞きゐたるのみ
お家に帰りましょう
山の家に次男ともなひ吾は来ぬ干饂飩をも少しく持ちて
干饂飩がリアル
山なかに作歌能力も衰へて七日を居つつ十日を居たり
歌が出来ないって歌もとりあえず作ってみる
かなかなと朝な夕なに鳴く蟬をいまだも吾は聞き飽かなくに
なんか俳句になりそうな場面です、茂吉先生かなかな好き、麒麟もかなかな好き、別に、関係、ないけど
最上川難所の歌をつくりかけ未だ能はぬに夏ふけむとす
歌が出来ない事もとりあえず歌にしてみる、なんだか可笑しい
早川の瀬にあぎとへる鰻をもかくのごとくに消化せむとす
もう、全部、食べたら良いじゃありませんか
棚のすみブリキの箱にかびふきと耳掻なども残りゐしはや
耳掻!?かびぐらいなんとかすれば良いじゃないですか。
ねむの花たかだかと咲きにほひけり左千翁つねに愛(かな)しめる花
へー、そうなんだ、とこういう歌は貴重だと思う
秋立ちし畳の上に居る蠅をわれに近づくまへに殺せり
だったらどうしたと言わせない面白さがある、なんか、面白いんですよ、すごいですね。
丁寧に線路の上の草を取りのぞくこの作業をば青年がする
そのまんまを詠んだだけだけど、やはりどこか可笑しい
ひと老いて何のいのりぞ鰻すらあぶら濃過ぐと言はむとぞする
有名な歌ですね、茂吉先生、鰻好きだなぁ、というより元気だなぁ。
茂吉茂吉、茂吉を読むと、タハハ、なんだか明日もやっていこう、と少し思います。
では、バーイ