2011年11月 第3回 トランクはヴィトン家出は雁の頃  竹岡一郎(神野紗希推薦)

佐藤文香×神野紗希×野口る理

トランクはヴィトン家出は雁の頃
(『蜂の巣マシンガン』ふらんす堂、2011年9月)

神野  じゃあ、私は、『蜂の巣マシンガン』から。

佐藤  その本、すっげえウケたんだけど。

野口  私、まだ、読んでない。

神野  あ、読んでみる?(手渡す)

佐藤  こんなに爆笑した句集は久しぶり。まず、装丁。黒い帯をとったら、水色が。

神野  ビビッドだよね。

佐藤  あ、電話かかってきた。出ていい?

神野  いいよいいよ。

佐藤  もしもし。どうもどうも…あ、そうですか…(中略)はい、はーい、失礼いたしまーす。(電話を切る)失礼しました。千野帽子さんだった。

神野  へえ!あとでユリイカの俳句特集の話もできればと思ってます。

佐藤  前、千野さんと、52分36秒電話したよ。

神野  なんの話するの?

佐藤  ユリイカの話。

神野  へー。

佐藤  それは置いといて。小川軽舟さんの序文も面白かった。「実を言うと、私はこの句集の到達点にふさわしく風格のある句集名でもよいのではないかと進言したのだけれども、竹岡君は次の句を表題作とする考えを譲らなかった」って断ってるあたりが、ウケる。

神野  小川さんは、どんなの考えてたんだろな。

佐藤  「このタイトルは俺がつけてやったんじゃねえぞ、俺のセンスを疑うなよ」っていうのを、わざわざ断ってる(笑)昔なら破門か、句集出させてもらえないんだろうけど。

神野  むしろ、そういう書き方をすることで、小川さんは、竹岡さんの良さというか、エネルギーがあるってところを引き出してあげてるような感じもするな。作家性を持っている人だっていう。

佐藤  そんな風にぶっとびたがってる、けどかっちりした句がかなりある、っていう。

神野  「南朝」の句とか結構あったよね。日本の古典の匂いがします。

佐藤  でも、句集の最後は、御中虫さんになってる(笑)

野口  御中虫さん?

佐藤  影響されてるんじゃないかな。「稲妻となつてお前を喜ばさう」とか。

野口  なるほど。

神野  ひとつの句集の中で、変遷があるのが面白いよね。この句集、私も好きで、挙げたい句、愛した句はたくさんあるんですけど、竹岡一郎さんの「この一句」っていう代表句がどれかって挙げるとすると、このヴィトンの句かな、と。彼の作品の特徴としては、定型の格を保ちつつ、派手さがあって、すみずみまで作り上げていて、ちょっと俗っぽいところ、性的な部分も取り込んでいる。濁っているのに澄んでいるというか、そういう不思議な作風だと思いました。「トランクはヴィトン」って、家出しても困らなそうだよね。全然、堕ちない感じ。プライドをもってて貴なる感じ。

佐藤  そんなトランク買う金あったら…って突っ込みたくなる(笑)

神野  いいおうちなんじゃない?育ちがいい。だから、家出するときに荷物を詰めたトランクが、ブランド物のルイ=ヴィトンだった。お嬢様の高貴な家出かなって。家出少女にヒエラルキーがあるとしたら、一番上のランクの家出かな(笑)。だからこそ、「雁の頃」っていう漂泊のこころにも、どこか高貴な印象が加えられてる。並列してある形も、気持ちいい。

野口  ふーむ。

神野  竹岡さんの俳句は、派手でいいですね。最近の俳句には稀有なタイプだと思います。

佐藤  私の推薦した「王冠にビールの名前書いてある」と対照的だね(笑)。

神野  そうやね(笑)豪奢なつくりの俳句ですね。私はそもそも好きですし、俳句の世界のバランスからいっても、必要な句だと思います。

佐藤  私は、「鹿を聞く薄き乳房に頬当てて」とか、「唐国を恋ふる銅鏡螢の夜」あたりが好きだな。結局色薄い句が好きなのかねぇ。

神野  銅鏡のくぐもった光が、螢の光と通い合うよね。

佐藤  作風がはじけ出してからだと、「大丈夫だつた日は無くまた夕焼」とか、「サンバに乳ゆれて難波や文化の日」も好き。「サンバ・難波・文化」って、リズムがいい。

神野  「文化の日」がいいよね。サンバも乳も難波も、文化やで~、みたいな。雑多で豪華。くりかえし読んでると、「難波や」の「や」が、切れ字の「や」じゃなくて、関西弁の「や」に聞こえてくる(笑)

佐藤  「難波」って、「なにわ」って読むこともできるけど、ちゃんとルビをふって「なんば」って読んでほしいって指定してあるところもいい。「サンバ」「ナンバ」。

神野  そうだね。

佐藤  女性を詠んだ俳句が多いなって思いました。個人的な好みとして、女性を詠んだ派手な句っていうのは、苦手なんですね。良い悪いじゃなくて。

神野  へー、なんでだろ。

佐藤  「抱き合ふ我ら即ち鬼火とも」くらいのあっさり系が好きだな、性愛の俳句だと。

神野  そうか。女性を詠んだ句が多いって印象はないなあ。句集をさらってみると、後半に少しあるのかな。全体に、性愛の句は「寒茜娼婦神父を恋ひにけり」「ストリッパー聖夜の仕事了へて独り」「肉体の熟るるは悲し秋の虹」とか、発想がかたどおりだなってかんじはしました。肉体が熟れる、熟していくのが悲しいっていうのは、当たり前かな。ストリッパーも、型通り。もうちょっと、表向きしあわせでもいいと思うな。そのほうがかなしい。そういう発想の型を逃れてる性愛の句は好きだな。「こほろぎや女の髪の闇あたたか」、「向日葵の中は暗黒女も亦」、このへんは、この人独自の女観が見える。そういう意味で、文香の挙げた鹿の句もいいと思うな。

佐藤  男女じゃない派手な句だと、「花火単発黄泉を通過のわが列車」とか、面白くて好きだった。

神野  それもいいね。「わが○○」系俳句。

佐藤  でも、「女言ふ柿干してから海に行かう」とか、かつての優夢っぽい(笑)。

神野  ちょっと酔ってる感じ?

佐藤  うん。それでいうと、トランクの句は、彼の作品の中で、中庸って感じがします。帯の軽舟十句選にもあったよね。

野口  序文でも、特別な、思い入れのある句だって書いてますね。ええと、「<トランクはヴィトン家では雁の頃>は湘子が亡くなり私が選者になって間もない頃のもので、私にとってもなつかしい一句である。世間知らずの家出娘の仰ぐ雁の列のせつなさは、竹岡君が見かけよりずっと心優しい人なのだと教えてくれる」、と。この句は、そうですね・・・、ヴィトンの茶色い感じと、雁の感じのハーモニー?

佐藤  私はこの句はそんなにグッとこなかったかな。

野口  タイトルの句はどんなでしたっけ?

神野  「蜂の巣の俺人生はマシンガン」。

野口  撃たれ過ぎて蜂の巣になっちゃったぜってこと?

神野  そう。俺は人生に打ち抜かれすぎたぜ、的な。やられたぜ、的なね。西部劇な感じ。これも派手ですよね。

野口  派手。

佐藤  攻めてる感じしますね。当たって砕けろ。あと。この人、リズムがいいよね。

神野  そうだね。自由にやってるようで、形がしっかりしてる。

佐藤  それと比べたら寺澤一雄さんの「あたらしき蠅捕紙にいつぴき付く」とか、全然違う(笑)。薄味好きの人と、濃い味が好きな人がいて、どっちもあると、選べていい。竹岡さん、第一句集中で作風がこれだけ変わってるんで、これからどんなもの書くのがが楽しみです。

(次回は、おまけ。「ユリイカ」現代俳句特集・「SPUR」モードなわたくしがここで一句etc、俳句の外でとりあげられる俳句についてちょっとだけ語ります)