2011年11月 第1回 王冠にビールの名前書いてある  寺澤一雄(佐藤文香推薦)

佐藤文香×神野紗希×野口る理

神野  今月の「よみあう」は、佐藤文香さんに来ていただいて、る理ちゃんと私と三人で、喫茶店トークなかんじでお届けしたいと思います。

野口  よろしくお願いします!

佐藤  ねえ、る理ちゃん、ちょっと紅茶ちょうだい。

野口  どうぞ。(文香、自分が注文したホットミルクに少しだけ紅茶を注ぐ)あ、なるほどね。

神野  今日は、昼間、なにしてたの?

佐藤  実はね、ピアス開けてきた。

神野  ええー!

野口  今日開けたの?!病院で?

佐藤  うん。

神野  ピアス開けるの、はじめてだよね?

佐藤  髪短くして、耳が小さくて淋しくてさ。ずっと開けようとは思ってたんだけど、夏は膿むって聞いたから、いま。

神野  る理ちゃんは、いつ開けたの?

野口  私は、高校生の頃、汽車の中で、友達に、がちゃん、ってしてもらった。

神野  あの、ホッチキスみたいな器具で?ひえー。

野口  そんなに痛くないですよ。

佐藤  私、麻酔した。片耳で525円だっていうから、1000円くらいなら、痛くないほうがいいなって。

野口  中学生の頃は、安全ピンやボールペンで耳をさして開けるのが流行ってました。度胸試し的な。

神野  でもさ、昔、都市伝説であったよね。ピアス開けた翌朝、鏡の前に立ったら、開けた穴から白い糸が出てるから、なんだろうと思って引っ張ったら、ぷつんって、目が見えなくなったって話。

佐藤  それが視神経だったって話でしょ。

神野  あれが怖くて、いまだに穴なしです。

野口  ピアス開けると、穴が安定するまでは、同じピアスをさしておかなきゃいけないんだよね。

佐藤  そう。一ヶ月間、このピアス。

神野  それ、特別なピアスなの?つくりとか、素材とか。

野口  ファーストピアスっていって、太いんですよ、ふつうより。

神野  ええー、ファーストピアスっていうの?なんか素敵。

佐藤  セカンド以降のピアス、募集中です。アンティークっぽいやつ。

王冠にビールの名前書いてある     寺澤一雄
(「鏡」第二号 2011年10月)

佐藤  わりと、名前俳句ってあるなって思ってて。「俳句」10月号でも、櫂未知子さんの21句の中に、2句、名前の句があったのね。1句目は、「仮の名を鳥に与へて白夜かな」。2句目は、「舟の名に幸・福・新や浦まつり」。自分にも、こういう風に、名付けたがったり、名前の面白さをとりたてて言いたくなったりする傾向があるなと思っています。この句も、王冠にビールの「名前」が書いてある。

神野  うん。

佐藤  この句、冒頭の「王冠」のところだけ見ただけだと、ビールかどうかは分からない。「ビール」って続いたところでようやく、ビールの王冠なんだってことが分かる。王冠に「キリン」とか「アサヒ」とか書いてあるんだなって。ただそれだけ。飲み物としてのビール自体のことは、全然言ってないよね。私たちがこの句を見て、思いを馳せるのは、結局、キリンのロゴだったり、エビスのロゴだったり。その、読者の想像の行きつくところが、ビールの中身じゃないという、からっぽな感じが好きだった。

野口  うんうん。

佐藤  この句と対になると思ったのが、「俳句」10月号の、小澤實さんの「ぬばたまのギネスビールは飲み過ぎるな」。これ、すごく好きで、どちらを挙げようか迷いました。たまたま、どちらもビールだった。「ぬばたまの」は、基本黒とか夜とかにかかる枕詞だけど、ギネスビールって固有名詞を出したとこで、あきらかに黒ってわかって、ふるくからある枕詞を更新する作品だと思う。二つを比べると、小澤さんはビールの意味内容を詠んでいるのに対して、寺澤さんの句は、ビールの王冠や名前って外側を詠んでて、季節を感じない季語のつかい方。そのフラットさに注目して、こちらを選びました。

神野  並べると、私は、圧倒的に「ぬばたま」派かなあ。寺澤さんの句は、王冠にビールのロゴがあるってところに着目したのは面白いと思うけど、「ビールの名前書いてある」っていう書き方では、うーん、っていう感じ。ちょっとざっくりしすぎかなあ。だから、この句は、あえて漠然とした言葉遣いをすることで、王冠が見えてこないようにしてる、っていう結果なんじゃないかな、と。「実は何も言ってない俳句」ってところがウリだと思いたい。

佐藤  王冠のかたちだけ、手に残る。王冠の質感だけが。味がない。

神野  そうだね。文香のいうような内容なら、私も好きだよ。王冠の質感が出せているなら、私も推す。けど、この句からだけでは、感じられないかな。「ビールの王冠」と書いただけで、ビールの王冠の質感を表現したとは、言えないと思うんだよね。私は平板な句とか重厚な句ってことで選ぶわけでなく、今回は小澤さんの句だなあ。小澤さんの句は、ギネスビールという、俳句にとってはわりと目新しい素材を、「ぬばたま」で分厚くしていて、そこが面白い。

野口  私、実はいま、ビールの王冠集めてて。

佐藤  ええ、そうなの(笑)

神野  こないだ、るりちゃんち行ったら、そういえばベルギービールあったねえ。

野口  そうなんですよ(笑)集め始めたばかりなんですけど、地ビールとか海外のとか、いろいろ可愛いんです、ビールの王冠って。だから、自分的には、とってもタイムリーな句です。でも、名前というよりは、ロゴかな…。ロゴっていうより、もっと、絵…。

佐藤  絵だよね。デザインされつくされてる感じ。

野口  そう。王冠なんだけど、この句には、「王冠」感がないじゃないですか。あと、「王冠」が、こっちの王冠(手で頭を指して)の可能性は、やっぱりないですかね。

佐藤  ホンモノの王冠に、「ギネス」! ギネス王国の王子みたいな(笑)

野口  「王冠」って言って、どのくらいの人が、ビールの蓋を思い浮かべるのか…。もちろん分かるんですけど…。

神野  ま、そこは伝わるんじゃないの(笑)繰り返しになるけど、「書いてある」って、情報としていらないですよね。でも、これ以上、情報を足すよりも、「書いてある」って流す、この感じ。言わないぞ、描写しないぞっていう感じがする。その「言わない」という選択が、アリか、ナシか。わたしはナシだと思うけど。

野口  言葉を省いているとしても、「書いてある」が説明的なんですよねぇ。

神野  文香の話を聞いていると、すごくいい内容。ロゴとか王冠の質感は、私も好きだよ。それぜひ詠みたい題材でもある。だから、むしろ、これを受けて、素晴らしい「ビールの王冠俳句」を作りたいね。

佐藤  「ぬばたま」をやめた理由は、ちょっと、ごてごてしてたんだよね。王冠の句は、逆に、するっとしてる。味としては、濃厚なのと、薄味なのと。今どっちが好きかって言われたら、後者かなって。胃が痛いからかな(笑)

神野  あはは(笑)

佐藤  あと、この句の入ってる寺澤さんの連作を読んだときの、全体から受ける感じが好きだった。だから、一句とりあげちゃうと、ちょっとさみしくなっちゃうかも。

神野  文香は、装丁とか、全体の雰囲気とか、表記とか見た目とか、作品一句というより、全体的な印象に興味があるのかなって思いました。

佐藤  この連作が載ってる、「鏡」っていう雑誌も、私、表紙の「鏡」って漢字の字体が好きでねえ(撫でながら)。俳句をまとめるときに、自分と近いタイプのセンスや、好きなタイプの装丁をしてる人には、もしかして共通点があるのかもって、興味をひかれますね。あ、もちろん、自分と違うタイプの人には好奇心が湧きますよ。

(次回は、野口る理の推薦句をよみあいます)