pumpkin pie
pagans sigh
cry and die
意訳:パンプキンパイ異教徒は溜息をつき泣きて死す
南瓜は秋の季語、冬至南瓜は冬の季語だが、パンプキンパイは季語ではない。アメリカでは、pumpkinは秋から冬にかけての季語、pumpkin pieは冬の季語である。ハロウィーンで食用でないものがジャック・オー・ランタンにされ、食用のものは感謝祭からクリスマスにかけてパンプキンパイとして消費されるからだ。
南瓜は北アメリカ大陸が原産で、七千年以上前の種がメキシコで発見されている。白人がアメリカ大陸にやってくる遥かに昔から、アメリカ大陸に住む原住民たちは南瓜を食べていたのだ。白人たちは、アメリカ大陸を殖民地化し始めてから南瓜を知った。パンプキンパイは、インディアンたちから紹介された南瓜を白人たちが欧州風の菓子に仕立てたものだ。今日はアメリカ合衆国の独立記念日なので、秋でも冬でもないが、殖民地化の裏にあるパンプキンパイを句にしてみたかった。
句の方であるが、三か所の子音頭韻(alliteration)と四か所の男性韻(masculine rhyme)だけで作ったような句である。バッハのカンタータ「泣き、嘆き、悲しみ、おののき」、コラール「いざ来たれ異教徒の救い主よ」の題名にも影響を受けている。「異教徒」はインディアンたちに限らないが、キリスト教徒でも白人でもなかったインディアンたちが迫害され、大勢虐殺された事実はまさに独立記念日に思い起こすべきアメリカ史の暗部である。
和訳はあまりうまくいっていない。一音節で済むsighに対して「溜息をつき」は長すぎてリズムが悪い。原句の子音頭韻も男性韻も全く訳せていない。アメリカ人にわかるパンプキンパイの季感や歴史的背景、キリスト教社会における「異教徒」のニュアンスも日本人の読者には伝わらないであろう。これも駄目訳の好例である。
更に、薀蓄になるが、北米では、果皮がオレンジ色の種類のみが pumpkinと呼ばれており、その他の南瓜類は全て squashと総称されている。つまり日本の南瓜は正確にはsquashであり、pumpkinでないのだが、わざわざ「オレンジの果皮を持った南瓜」等とは訳したくなかったので単純に「南瓜」とした。
ご存知の方もいらっしゃると思うが、「かぼちゃ」という訓みは元々日本語ではない。日本にもたらしたのは、東南アジアの南瓜を運んできたポルトガル商人であったが、南瓜の産地だと思われていたカンボジアの国名が転訛したか、ポルトガル語で南瓜等の瓜を意味するabóbora (アボボラ)が転訛したか。中国からも輸入されたらしく、「唐茄子」「南京」という呼び名もある。「南瓜」と書くのは、中国語表記をそのまま採用したからであり、中国で「南瓜」とされているのは、中国には方向的にその南の国々から南瓜がもたらされたからである。
