2013年7月17日

sucking sea urchin roe
he was once
a warrior

意訳:雲丹啜る男曾ては戦士かな

わが国では、海胆(雲丹)は春の季語とされているが、そうなったのは明治以降である。林望の『旬菜膳語』によれば、「江戸時代の俳書には(中略)見かけないもので」「俳諧の世界にはほとんど詠まれて」おらず、見つかったのは「延宝二年刊、内藤風虎編の句集『桜川』夏の部」に出ている「うにはすこし遠浅にとる岩間哉 幽山」という夏の季語として扱った句だけだったそうだ。そもそも最近の歳時記は、「産卵は春から夏にかけて行われる」という間違えた記述を付した『図説俳句大歳時記』(昭和39年刊行)から孫引きしている疑いがある。産卵期は種類によって異なり、エゾバフンウニは6月~11月、アカウニが10月~11月、ムラサキウニが5月~8月、バフンウニが1月~4月という具合である。また、漁の時期も、同じ北海道でも場所によって異なり、日本海側では5月~8月、オホーツク海方面では羅臼が2月~5月、雄武では4月~6月、襟裳では1月~3月に行われるそうである。比較的人気のある「季語」であるが、はっきり言って季語ではない。どう考えても通季の語彙、歴史的にも季語としては怪しい。歳時記から削除した方がよい。

英語のsea urchin(食べる部分はsea urchin roe)も季語ではない。但し、西洋で食されている歴史は古く、ローマ帝国以来、その領土であったイタリア、フランス、ギリシャや地中海沿岸国で食用とされている。生食の他、パスタのソース、オムレツ、魚のスープ、マヨネーズなどに用いられる。最近は、鮨の世界的普及に伴い、地中海沿岸以外の国々でも食べられるようになってきたが、食用の部位が精巣・卵巣・精子であるため、一部の欧米人には非常に気持ち悪がられている。南半球では、マオリ族が古来より生で食していた。日本では、『日本料理事物起源』によれば、奈良時代には「霊ラ子」「甲ラ」(「ラ」はインターネットで使用できない文字)の漢字が当てられ、平安時代の『和名類聚鈔』には「宇仁」として出てくるので、相当昔から食されていたようだ。「海胆」の字が当てられたのは江戸時代とのこと。

さて、句の方であるが、子音韻と母音韻を多少盛り込んでいるが、句意の方は上述の食用の部位に基づいている。戦士であった寡黙な男が、故郷もしくは異国の街でそういう部位を啜っているのは考えてみればシュールな光景である。和訳の方は、今回は順調。五七五にもうまく収まってくれた。

余談であるが、戦士と云えば戦い、戦いの惑星と云えば火星(英語名Marsの語源はローマ神話の戦神マルス)であるが、作者は雲丹の色を火星の色に例えた句を昔作ってみたことがある。そしたら、それから数か月しないうちに、何ということか、俳句の類句を二句、短歌の類歌を一首も発見してしまった。雲丹と戦いは縁語であるかもしれないと思ったのはその時である。季語としては不適格だが、キーワードとしては、どうやらタナトスとエロースの双方に繋がっているらしい。