2013年7月21日

my kangaroo
born to be boiled
leaving bones in the zoo

意訳:わがカンガルー烹らるるために生まれ獣園に骨のこす

カンガルーは日本語でも英語でも季語ではない。しかし、食べ物ではある。日本人の捕鯨を厳しく批判するオーストラリア人たちの多くは、鯨よりも愛くるしい(と作者が思っている)カンガルーを煮たり、焼いたりして日常的に食している。ネット上の各種資料によれば、年間約300万頭が食材にされて、国内で消費されるほか、50か国以上に輸出されているらしい。カンガルー肉は、愛知万博でも好評だった。

オーストラリアの国獣はカンガルーとエミュー(国鳥)であり、二者は同国の国章にも描かれている。オーストラリアは世界でも珍しく、自国の国獣を食べる国であり、カンガルーだけでなく、エミューも食べる、否、食べていた。エミューは、肉は美味しい赤肉だそうで、そのためか、現生種1種を除いて絶滅してしまい、鯨よりも稀少な動物である。

ちなみに、日本も、世界では珍しく、国獣を食べる国である。国獣は雉(国鳥)と錦鯉(国魚)であるが、雉が国鳥に選ばれた理由の一つが「狩猟対象として最適であり、肉が美味」だからである。錦鯉は主に観賞用として育てられるので、経済的な理由から食べられることは余りないが、基本的には食用になる真鯉が突然変異したものなので、真鯉と同じ育て方さえすれば普通に食べられる。

閑話休題、ハイクに話を戻そう。掲句は西洋のエピタフ(墓碑銘)風にしてみた。思いっきり押韻して、ブラックジョーク仕立てにしてみた。そもそもエピタフにはユーモアたっぷりのものが多い。「わたしは墓石です。セイキロスがここに建てました。決して死ぬことのない、とこしえの思い出の印にと」、「これ以上馬鹿にならないで済む」、「本当に病気なんだって君に言っただろ」、「創造主に会う心構えはできている。創造主が俺に会う大変な準備をしているかは別だが」、「全世界で満足しなかった人も、一つの墓で充分である」、「あの気の毒な国王ルイがここに眠っている。彼は善人だったと人は云うが……しかしそれが何になる?」等々。ちなみに、作者が予てから愛しているのは、本物のエピタフではなく、東京ディズニーランドにあるホーンテッドマンション入口の「墓石」等に刻まれているユーモアたっぷりのエピタフ群(出口にある墓標に刻まれている名前も同様に滑稽)。中学レベルの英語でも解読できるものが多いので、是非ともお試しあれ。

閑話再開、食に話を戻そう。和訳で使った「烹(る)」は「煮(る)」とほぼ同義であるが、具体的には「水などを加えて、柔らかくなるまで火にかける」と「油で炒めて調味料を加え、手早くかき混ぜる」の二つの意味がある(大抵は前者の意味でつかわれる)。煮物の歴史は古く、北海道帯広市の大正遺跡群「大正3」遺跡で発掘された1万4000年前の縄文土器片から、海産物を煮炊きした痕跡が見つかっているし、中国江西省の洞窟遺跡で発見された2万年前の土器も煮炊きに使われていたと見られている。

同国には、「兎死狗烹」(兎が死んでしまえば、それを狩るのに用いられた猟犬は不要になって、烹て食べられてしまう意。『韓非子』)という怖い教えがあるが、更に怖いのは、それよりも前の時代から烹煮(ほうしゃ)と称して人間を釜茹でにする死刑が盛んに行われていたこと。三本脚の鼎等に罪人を放り込んで茹で殺していたとのこと。例えば、殷の帝辛(紂王)が周の人質である伯邑考を烹煮に処して、その煮込み汁を伯邑考の父親である西伯姫昌(文王)に食べさせた故事が有名である。中国ではそれから数千年に亘って歴代王朝が烹煮を処刑に用いた(正史に多数の記録がある)。日本でも、前田利家が一向一揆鎮圧の際に捕えた罪人の一部を釜茹でにした、豊臣秀吉が石川五右衛門を釜煎り、その母を釜茹でにした、といった記録があるし、英国でも数例ある。

なかなかグロい話になってしまった。夏なので、怪談の類だと思っていただければ有難い。少しは涼しくなったはず。