2017年4月2日

壁画に塗りこめられ朧夜の少年兵

「サリン」の句を作った1995年春より前の作品は『虎の夜食』にも『新撰21』等にも入れていない。一方で『虎の夜食』に掲載した略歴には以下のように記している。
「亡き祖父、正司の一句「若水や暁雲に雪まじる」を知り、十歳前後で独学にて句作をはじめた。」
毎年元日の朝、上機嫌の祖父が必ずする話があった。十五歳のとき自分の年齢の数の雑煮餅を食べて動けなくなったという話と、自作の句が松瀬青々選の投句欄に入選し賞金を得たという話である。その入選句が「若水や」の句であった。
小学生の頃の私はお金への興味と執着が強く、後者の話の賞金という点に反応し、自分も俳句を作って賞金を稼いでみたいと思ったのである。
祖父はずいぶん前に俳句の実作をやめていたので、自ら指導してくれることはなく、かわりに一冊の俳句入門書を買い与えてくれた。それが楠本健吉著『俳句上達法―ここがポイント』(講談社)であった。
この本に書かれていた作句のノウハウについてはほとんど記憶していないが、例句として引かれていた「壁画はロココ遠い黍みな青年めく 楠本健吉」といった句はよく覚えている。つまり、私は俳句作者になるより前に俳句読者になったのである。