2017年4月14日

藤の花骨格もなく歩むなり

大学5年生になって歌舞伎研究会の同級生が皆卒業してしまうと、一日中部室にいるわけにもいかなくなった。パソコンや読書に時間をとるようになったのはそのためでもある。一つ下の学年に、サークル活動以外で仲良くしていた後輩がいて、一緒に遊んだり、家の遠い彼がバイトなどで遅くなったとき私の下宿に泊めたりしていた。
その彼が、アルバイト先の酒屋の配達で新宿のジャズバー「サムライ」に出入りするようになり、店主で俳人の宮崎ニ健氏と懇意になった。そして、まず彼のほうが句会に誘われたのである。その話を聞いて、かつて俳句に親しんだことを思い出し、久しぶりに作ってみようという気になった。
実際の句会に参加する前に一度だけ、友人を通して欠席投句を行なった。どんな反響があったか聞くのを楽しみにしていたが、点数は入らず、失笑を買っただけであったとのこと。それだけなら私はそのまま俳句から遠ざかっていたかもしれないが、投句作品に対してニ健氏がていねいな添削指導をしてくださったのである。指摘内容は特別なものではなく、基本に忠実なものであったと思う。裏を返せば私の俳句はまったく基本が出来ていなかったということであり、私にとってはすべてが目から鱗であった。そして、俳句においては重複の排除と省略が最も大切であると知った。喩えて言うなら、それまでの私は真剣を持っていても使い方を知らず、おもちゃとしてしか扱っていなかった。そして、このときはじめて人の斬り方を教わったのである。
その後すぐに参加したはじめての句会で、私は例のサリンの句を作った。無点であったが、自分のなかに罪悪感と手ごたえが同時に残された。