2011年8月8日

秋来る女は鳥となって去る

小説家、京極夏彦氏のデビュー作は『姑獲鳥の夏』(講談社、1994)であった。ところでなぜ「姑獲鳥」が「ウブメ」と読むのだろうか。

ウブメは本来「産女」と書き、産婦、つまり出産前後の女性のことである。『今昔物語集』巻二十七・四十三話では、毎夜赤ん坊を抱いた「産女」が川辺にあらわれ、通行人に赤ん坊を抱いてくれと頼む。ある豪傑が言われたとおり抱いてやると今度は返せと迫ってきて、そのまま返さずに逃げたところ、赤ん坊は木の葉になって消えてしまった。この「産女」は狐が化けたか、お産で死んだ女性の霊なのだろう、と語っている。

地域で語られている妖怪ウブメもほぼこれに近く、お産で死んだ女性の霊である。赤ん坊を抱いてやると大力や富を授かるともいう。しかし、ウブメの性格はかなり雑多で、たとえば夜中に子どもが泣くような声をあげる、鳥のような化け物とも考えられたらしい。近世初期の儒学者、林羅山は「うぶめどり」と「姑獲鳥(こかくちょう)」や「ヌエ」を同じようなものとしている。「姑獲鳥」は中国の鬼神で、毛を着ると鳥になり、毛を脱ぐと女性の姿となるといい、子どものような声で鳴き、夜間飛行して他人の子どもを奪うという。

こうした知識が重なって、鳥山石燕『画図百鬼夜行』の絵では赤ん坊を抱いた女性の姿を描きつつ、「姑獲鳥」の表記でウブメと読ませている。京極氏の小説のタイトルの背後には、中世から近世に至るウブメの歴史が秘められているのだ。

参考.木場貴俊「うぶめの系譜 産女から姑獲鳥へ」『怪』vol.13(2002.08)