2011年8月13日

一列に並ぶ生霊生身魂

「もののけ」という語は現代では妖怪の別称のように用いられているが、本来は「モノの気」である。つまり、よくわからない悪い霊(モノ)の気配(ケ)に触れて病気になったり体調を崩したりことを「もののけ也」と称した。平安中期には、政治的に失脚した人々の霊が高位の政治家や皇族を悩ませており、霊の正体を見抜くことが陰陽師や高僧たちの仕事であった。藤原道長が娘の出産に際して大規模な「もののけ調伏」を指揮したことが、『紫式部日記』に語られている。

ところで紫式部の書いた『源氏物語』では、源氏の正妻・葵の上をもののけが取り殺してしまう。もののけの正体は明確ではないが、源氏は六条御息所の生き霊であると考え、また御息所自身も内心自覚する、という描写がある。
ところで、もののけは普通死者の霊であった。生き霊、つまり生きた人間の霊が「もののけ」となるという考えは『源氏物語』で初めてあらわれる。このことは、結局もののけの正体を推定するのが実は生者に他ならないこと、生者の疑心暗鬼こそがもののけの正体を必要としていたことを暗示しているようだ。

参考.藤本勝義『源氏物語の「物の怪」 文学と記録の狭間』(笠間書院、1994)