2011年8月14日

のっぺらぼーにあったよーな月夜だよ

目も鼻も口もない、のっぺら坊の伝承は香川県、大阪府などの事例が報告されており、青森県でも目鼻口のない「ずんべら坊」が語られている。ずんべら坊にしてものっぺら坊にしても、何もないことをあらわす形容詞が名称になっており、形態ありきの妖怪である。 文献として有名なものは小泉八雲『怪談』の「狢」である。ある男が東京赤坂の紀国坂で目鼻口のない女に出会い、驚いてそば屋に逃げ込み主人にその話をすると、主人も同じ顔だったという。くり返し同じ化け物に遭遇するのは怪談の常套パターンで「再度の怪」と呼ばれる。明治二七年(1894)刊行の『百物語』にもとづく話らしいが、原話では「顔の長さが二尺もあろうという化物」だったのを、八雲はのっぺら坊に変えて語っている。

18世紀フランスの博物学者、ビュフォン伯爵によれば、妖怪の形態は三つに分類できる。第一は過剰な妖怪。第二は欠如による妖怪。第三は体の一部が転倒もしくは誤った配置にある妖怪。日本の妖怪はもっと多様なので参考程度にしかならないが、目鼻口のないのっぺら坊は第二分類といえるだろう。東西を超えて想像可能な、わかりやすい「異常さ」が、のっぺら坊の強みなのである。

参考.小泉八雲『怪談・奇談』(講談社学術文庫、1990)、柴田宵曲『続妖異博物館』(ちくま文庫、2005)