なむとらや火車に手向ける孔雀草
かつて土葬であった頃、葬送の列が暗雲でおおわれ死体を奪われることがあったという。火車の仕業である。『今昔物語集』巻十五・四十七話には地獄の獄卒が火の車をひいて死ぬ人を迎えに来る話があり、そこから派生して死体を奪う妖怪とされたものらしい。
火車の正体は年を経た猫とされる。全国的に語られる昔話「猫檀家」では、猫が火車となって死体を奪うのを高僧が退治したとか、逆に猫が和尚に育ててもらった恩返しに棺桶を動かす怪異を見せ、和尚が調伏してみせて寺が裕福になったとも語られている。
これらの伝承が全国的に展開した背景には、布教のための説教僧、特に曹洞宗系禅僧の活躍があるとされる。曹洞宗の霊験があらたかだと語るために、積極的に火車退治の話を語り、高僧の法力を語ったと考えられているのだ。
なお、説教の際には禅宗で使う経文の文句「なむからたんのーとらやーやー」の「とらや」がトラネコと掛詞になっていたという説があることを付言しておく。
参考.福田晃「猫檀家」『日本伝奇伝説大事典』(角川書店、1986)、堤邦彦「昔話・伝説と曹洞宗」『近世説話と禅僧』(和泉書院、1999)