2011年8月16日

墓参道今は振り向いてはならぬ

民俗学の祖、柳田国男に「妖怪名彙」という著作がある。雑誌『民間伝承』の連載記事で、各地で報告された「妖怪」の名を蒐集したものだが、よく見ると配列によって妖怪の分類がなされていることに気づく。以下、抄出する。

オクリイヌ 又送り狼というも同じである。これに関する話は全国に充ち、その種類が三つ四つを出ない。狼に二種あって、旅狼は群れをなして恐ろしく、送犬はそれを防御してくれるというように説くものと、転べば食おうと思ってついて来るというのとの中間に、幸いに転ばずに家まで帰り着くと、送って貰ったお礼に草鞋片足と握り飯一つを投げて与えると、飯を喰い草鞋を口にくわえて還って行ったなどという話もある(播磨加東)。
ベトベトサン 大和の宇陀郡で独り道を行くとき、ふと後から誰かがつけて来るような足音を覚えることがある。その時は道の片脇へ寄って、「ベトベトさん、さきへおこし」というと、足音がしなくなるという(民俗学二巻五号)。
ビシャガツク 越前坂井郡では冬の霙雪の降る夜道を行くと、背後からびしゃびしゃと足音が聞こえることがあるという。それをビシャがつくといっている。

想定される正体や対処法はいろいろだが、要するに「追いかけてくるモノ」。なにか後ろにいる、というさりげない恐怖の正体として、想定されたモノたちだ。
ちなみに「ベトベトサン」はこの奈良県の事例しか伝わらない謎の妖怪で、白い球体に足が生えたような水木しげる氏の絵もなにに由来するかわからないにも関わらず、ドラマ「ゲゲゲの女房」にも登場し全国的によく知られる存在になっている。

参考.柳田国男『妖怪談義』(講談社学術文庫、1977)、一部表記をわかりやすく改めた。