2011年8月22日

蚯蚓鳴く天狗の寝言かもしれぬ

天狗はもともと漢語だが、中国でいう流星としての天狗は日本では普及しなかった。中国ではほかに子どもを害したり、日食月食の原因となったりする「天狗」、つまり天の犬の伝承も語られているようだが、日本ではほとんど知られていない。

しかし「天狗」は民間事例でも多様に語られている。山中で笑い声が聞こえれば「天狗笑い」、山道で石が投げつけられる「天狗つぶて」、大木が倒れるような音がしたが何も見えないという「天狗倒し」。東海地方で火の玉を「天狗火」と呼んだり、高知で川辺の妖怪を「しばてん(芝天狗)」と呼んだりする例もあるが、おおむね山にかかわる不思議な現象、山への恐怖の背景として天狗が語られている。

妖怪というより畏敬すべき山の神として天狗を祭ることも多く、各地の山岳修験道場では現在でも天狗信仰が生きている。有名なところでは愛宕山太郎坊(京都)、鞍馬山僧正坊(京都)、秋葉山三尺坊(静岡)、高尾山飯綱権現(東京)など。天狗が山伏のような恰好をしているのも修験道と関わるためだ。

『台記』(藤原頼長の日記)には平安時代の愛宕山に「天公像」があったとするが、これが山岳修験と関わるかどうかは不明である。確実な記録としては『明月記』で怪しげな山岳修行者(山伏)を天狗と見なしている。その後『太平記』や能を経て天狗の存在感が増してくるのにともない、山の神を天狗と同一視しはじめたことから、現在の天狗信仰という形にまで発展していったようである。

参考.知切光歳『天狗の研究』(原書房、2004),杉原たく哉『天狗はどこから来たか』(大修館書店、2007)