泳ぎより歩行に移るその堺   山口誓子

海や川で泳いでいて、ふっと立ち上がる地点、というものがある。
それは、単純に浅くなる地点というだけではなく、気分のようなものも関係するだろう。
すいすいと、あるいは、ばしゃばしゃと泳ぐ人が、すっと立ち上がるということ。
たったそのことだけで、世界が動くこの些細なシーンの切り取りに、
この、「泳ぎ」と「歩行」はメタファーとも捉えられるであろう。
すいすいと波に乗っている者に、自分の足元を意識させ、
ばしゃばしゃともがく者に、視点の転換を導く。
もう歩きはじめている者には、歩みを振り返らせ、全身を使い夢中で進んでいた頃を懐かしませる。
「その堺」という言葉が、以前以後をまざまざと感じさせ、その地点・瞬間を大いに輝かせる。

『青銅』(『自選自解 山口誓子句集』白凰社、2000)より。天の橋立で詠んだものだそうだ。

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