花見ではなく、「観桜」である。大仰な言い方だ。
美しい桜さえあれば良し、と純粋に桜をみることが本来の楽しみ方である。
一方、花より団子という言葉もあるように、
桜をみるという行為には、それに付随するお楽しみがあるはずなのだ。
この人たちの認識の違いは、「あつけなく」にあらわれている。
きっと、あっけないと思っているのはこの人だけで、そこが少し切ない。
そしてあっけなく去る人を、桜みたいな人だな、とか思っちゃったりするのだろう。
「不健全図書〈完全版〉」(『俳コレ』邑書林、2011)より。