この句では、父はどんな人か書かれていない。
ただ、父が切ったハムが厚いということが書かれているだけで、
豪快な父が見えてくる。あまり台所にも立たないのかもしれない。
「ハム」なのだから、自分や母が切っても同じ味のはずだが、
「父」の切る厚さに、また独特の風味がプラスされてくるようだ。
「鳥渡る」頃の涼しさが、句の風景に似合っている。
「百日紅」(特集「母を詠む、父を詠む」『俳壇 6月号』本阿弥書店、2015)より。
この句では、父はどんな人か書かれていない。
ただ、父が切ったハムが厚いということが書かれているだけで、
豪快な父が見えてくる。あまり台所にも立たないのかもしれない。
「ハム」なのだから、自分や母が切っても同じ味のはずだが、
「父」の切る厚さに、また独特の風味がプラスされてくるようだ。
「鳥渡る」頃の涼しさが、句の風景に似合っている。
「百日紅」(特集「母を詠む、父を詠む」『俳壇 6月号』本阿弥書店、2015)より。