花影のうへをはなびらさばしれる   藺草慶子

景としては、ささやかながら誰しもが見たことのあり想像のできる美しいものだ。
そういうものを俳句にしようとするときにこそ、言葉の配置や韻律に気を配らなければならない。
〈花影〉のみを漢字にすることによって暗さや硬さを表し、他のひらがなの効果をより引き立てる。
〈を〉という助詞も、自然でありながら絶妙だ。「に」や「の」、「へ」では説明的になる。
〈さばしれる〉という日常であまり使われない動詞を持ってくることで〈はなびら〉が新鮮に動く。
全体に切れを作らずふんわりととめる終わり方も、句が永遠に循環するような読後感がある。
a音のかたまりの配置も気持ちが良い。濁音の勢いが、散りゆく花の力強さを見せている。

『櫻翳』(ふらんす堂、2015)より。