寒雁のいきなり近く真上なり   正木ゆう子

大空を飛ぶ雁と地上にいる自分との静かな出会い。
冷たい空気の中だからこそ、切り裂くような雁の力強さが感じられる。
中七下五のフレーズの臨場感が気持ちよく、リアリティがある。語感も楽しい。
遠いと思っているものが実は結構近いという、環状のイメージをさせる句。

作者はこの句について「先日南相馬で見た情景そのまんま。鳥たちの無防備さをも哀れとも美しいとも思ったが、俳句ではそこまで詠めないし、また自然詠にイデオロギーを交えたくはない。だからただ彼らの姿をただ詠みとめるのみ。」と書いてある。
(「震災以降、変わったこと、変わらなかったこと」なる項目もある「俳句の未来に向けて」というアンケート内での句なので、文脈的に震災を受けての句なのだろう)
読者である私は、このアンケートの趣旨を理解しなければ、またこの文章を読まなければ、
震災詠(という言葉は果たして正しいのだろうか)とは思わなかっただろう。
また、作者の意図から離れて、読者がこれは震災詠だと読むという逆のパターンもあるだろう。
それは、読みきれない読者のせいでもないし詠みきれない作者のせいでもない。
なぜなら、作者に人生があるように、読者にも人生があるからだ。
そして我々は、他人の人生に寄り添うところがあっても、結局自分の人生しか生きられない。
その中で、真摯に、作品を詠み、読むしかないのだ。
詠み読んだこの真摯さと、作品自体の価値が比例しないという創作の厳しさを噛みしめつつ。

「新作2句 自然を詠む、人間を詠む」(『俳句 3月号』角川学芸出版、2012)より。