眼鏡拭く指を寒さの中に見る   対馬康子

掛けていた眼鏡をそっと外して拭いている。なんでもない景だ。
透明なレンズの上を少し悴んだ自分の指が別の生き物のように動いている不思議。
眼鏡を拭くときに拭いているということをあまり意識しない。その無意識を意識した瞬間だ。
「寒さの中」ということによって、万物が冷たくなっている空気全体から、
眼鏡へ、さらにはその上の指へクローズアップされていく快感がある。

「母の日」(『俳壇 7月号』本阿弥書店、2012)より。