古くは紀貫之の歌にも残っているように、「行春」とは惜しむべき季節であった。
琵琶湖を眺めながら春の終りに浸っている芭蕉と近江の人。静謐な時間の流れが感じられる。
「近江の人」とは近江の弟子のことだといわれ、国別にみても最も弟子の数が多いのは近江だそうだ。
芭蕉は、老後もさらには死後もここで過ごしたいと言っていたほど、近江が大好きだった。
一句の音の流れも柔らかく気持ちがいい。「をしみける」としたところで、余韻がずっと残る。
「平成・昭和・大正・明治・江戸―逆詠み百人百句 山崎十生・選」(『俳壇 7月号』本阿弥書店、2012)より。
掲出句は、「春」に「近江」に恋している大きな句だと思った。
以下、山崎十生選から、噛めば噛むほど恋の句系を引用。
雪女鉄瓶の湯の練れてきし 小川軽舟
渚にて金澤のこと菊のこと 田中裕明
みんな毛深い男裸でするナワ飛び 久保純夫
太陽は古くて立派鳥の恋 池田澄子
アキバレヤ イチタスイチハ イチデアル 野田誠
怒らぬから青野でしめる友の首 島津亮
晩春の肉は舌よりはじまるか 三橋敏雄
うしろ手に閉めし障子の内と外 中村苑子
花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ 杉田久女
忘れしか知らぬ顔して畠打つ 夏目漱石