林檎喰ふ歯に谷の風谷を出ず   櫻井博道

林檎を齧りながら風を感じている時間。単に気持ちのいい句ではない読後感があるだろう。
食べている人ではなく、「歯」にクローズアップして言いとめたところが、句の強さになっている。
「林檎」から「歯」、「谷」、「風」と、クルクル場面が変わるような仕掛けがあり、
そして「谷を出ず」という下五で、林檎も歯も風も、谷にとどめている。
これは閉塞感なのか、それとも充足感なのか。手の中の林檎はなくなってゆく。

『季語別櫻井博道全句集』(ふらんす堂、2009)より。