野口 そういえば、このあいだ本郷句会(=東大俳句会)のあとで居酒屋に行ったら、となりの席で女の人たち9人が、延々コールをかけて、お酒を飲みつづけてて、もう大騒ぎだったんだよね。
村越 あれは、すごかったですね。
野口 そうそう。お誕生日のお祝いだったらしいんだけど「30歳のお誕生日おめでとう~!」って。
神野 30歳で?
野口 そういうもんなのかしら。
神野 うーん、私は29歳やけども、そういう飲み方はせんかなあ。東大俳句会は、今、村越くんが幹事をしてるんだよね。
村越 そうですね。他に、やる人がいないもので(笑)。
神野 でも今、四年生だもんね。後輩で引き継げそうな人はいないの?
村越 ほかの大学の人たちは結構来てくれるんですけどね。幹事はうちの大学の人間でないと…って考えると、実質、いない。
野口 そうだよね。
村越 だから、僕の卒業する来年3月までに、新しい人を探さなくちゃ、なんです。
高崎 でも、最近は、学生俳句会と言いながら、学生じゃない人が多いですよね。
野口 早稲田大学の俳句会も、今、存続が厳しいんじゃないかな。
神野 そうなんだ。
野口 俳句の人で幹事を引き継ぐ人がいなくて、今は落語研究会の人が幹事をやってるみたいです。
村越 学生サークルとしては、短歌会はわりと盛況らしいんですよ。東大短歌会の3年生には、角川短歌賞の次席をとった子もいたりして、すごく盛り上がってる。ワセタン(早稲田短歌)、京大短歌会も。…俳句、どうした(笑)!?
野口 なんでだろう。
千倉 なんでだろう。
神野 なんでだろう。
村越 エコーみたいになってますよ(笑)。
千倉 大学で文芸創作チームに入ってるんですが、その仲間に「俳句やろうよ」って誘っても「えー、短歌ならいいけど」って言われるんです。「俳句はよく分かんない」「短すぎる」って。
神野 表現したいっていう欲望をたっぷりと満たしてくれる詩型じゃないものね。
インバネス戀のていをんやけどかな 八田木枯
(『鏡 第四号』2012.4)
野口 同人誌『鏡』の第4号から持ってきました。「鏡」は寺澤一雄さんが発行人で、八田木枯さんの周囲の人たちが中心となって昨年立ちあげた同人誌です。この4号は、このあいだの4月に出ましたが、ここに掲載されている14句が八田さんの遺作になりました。八田さんは、3月19日に亡くなられましたね。
神野 80歳すぎて、人生の一番最後に「戀のていをんやけど」が詠めるのが、かっこいいね。
村越 これは、いい。これは、素晴らしい。
神野 「常臥し」じゃなくてね。
野口 「インバネス」はインバネスコートのことでしょう。ちょっとかっこつけたようなコートなんですよね。マントがピュ、みたいな。
村越 マントがピュ?(笑)
野口 こんな感じ。
村越 ああ、ほんとだ。マントがピュ、ですね(笑)。
神野 中原中也っぽいね。
高崎 ほんとだ、中也っぽい。
野口 「ていをんやけどかな」って、決まってますよね。俺にさわるとやけどするゼ、みたいな、相手をやけどさせるというわりとよくあるイメージから少しはなれて、この句は、自分が低温やけどしてる感じがします。ジュッと焦げるような熱いやけどじゃなくて、じわっと知らず知らずのうちになっちゃう低温やけどっていうのがリアル。慣れちゃって、長ければ長いほどマヒしていくような。
神野 うん。
野口 字面も気配りがきいてる。
村越 いいですね。まず「インバネス」がカタカナ、「戀」が旧字体でガシっと来て…
野口 平仮名の「ていをんやけど」。
神野 各種とりそろえました、だ。
村越 「戀のていをんやけど」って、今まであるようで意外と言われてなかったフレーズだと思います。これは世の中的に流行ってもおかしくないですね!
高崎 ちょっと「ていをんやけど」しちゃった、みたいな(笑)。
神野 さいきん「ていをんやけど」気味なんだよね、みたいな(笑)。
野口 ありそうで、ないねえ。
神野 低温やけどするような恋って、具体的にはどういう恋を想像する?
村越 恋愛の初期ではないんじゃないですか。マンネリに近い。
神野 私もマンネリ感だと思った。
千倉 これ、両想いなんですか?私は片思いかと思ったんですよ。マンネリというよりは…
村越 なるほど、ずっと片思いをしすぎた頃の…
千倉 そうです。
高崎 この句、インバネスが、きいてますね。
神野 「戀のていをんやけどかな」っていうフレーズだけだと、モーニング娘。のシングル曲に入ってそうな軽さもはらんでるんだけど、「インバネス」っていうちょっと古い格好が抑えになって、むしろ永井荷風的な世界になってる。インバネスが、時代を昔にひき戻して、レトロにしてある。そういう意味でも、バランス感覚のきいた句だよね。
野口 この『鏡 第四号』掲載の八田木枯さんの作品14句のタイトルは「幕下ろす」。最後の句が「寒鮒釣り全生涯の幕下ろす」、なんですよね。
村越 すごいですね。
神野 うんうん。
村越 亡くなる直前に「戀のていをんやけどかな」は、すごいなあ…。
野口 かっこいいですよね。
神野 八田木枯さんは、女性のファンが多いですよね。そのゆえんが分かる気がします。ぎらぎらしたところのない、余裕のある色気。
野口 最近は、真鍋呉夫さんが亡くなって、今井杏太郎さんも亡くなられて。
神野 加藤郁乎さんもね。この三カ月くらいの間だよね。今、挙げた4人は、みんな一匹狼のようにして、俳壇から距離を置いたところで俳句を作り続けた人たちだよね。お弟子さんより、ファンと呼ぶべき人の多い作家たちでした。そういう人たちが、一気に亡くなってしまった。
野口 今井杏太郎さんが亡くなったとき、ある同世代の俳句の友人から電話がかかってきて、泣いてるんじゃないかっていうくらい悲しい声をしてて。
神野 男の子?
野口 うん。「死んじゃったんですよね…」って、好きだった気持ちをどうしようもなくって、喪失感がすごくあるっていう話をしてくれて。そういう経験って、自分にはないなって思ったので…でも、これから先、どんどん上の世代の人たちが亡くなっていくわけじゃないですか。
神野 俳句を若いころからはじめてると、人を見送る機会が、普通の同世代の人より多い気がする。そこは辛いね。
野口 訃報は悲しいですけど…だからこそ、今、できることはしておきたいなって。
神野 そうだね。会える人には会っておきたい。
野口 時代の変遷に今、立ち会っていると実感します。しっかり向き合っていたい。
(次回へ)