夕涼やミシンに青い糸通す 池原早衣子
(第15回俳句甲子園 個人優秀句)
野口 先週から、俳句甲子園の入賞作品をよみあっています。紗希さんはどれが心に残りましたか?
神野 私は、「夕涼やミシンに青い糸通す」という作品です。北海道旭川東高校の池原早衣子さん。
酒井 なるほど。
神野 ミシンにするりと通された青い糸の感触とか色彩とか、本当に涼しげですよね。夕方だから、暮れてゆく空のあの青さ…夕焼けのあとのね。そんなものも見えてくる。昔、立て替えする前の実家に、ミシン部屋があったんよね。ひきだしを開けるとボタンとか鋏とか入ってて。家の奥まったところにあるから、昼間から薄暗かったんやけど、夕方になると、廊下のほうから数時間だけ日差しが差し込んで。だから「夕涼」っていうのもぴったりだと思った。
酒井 女性的な雰囲気の漂う句ですね。通す、と締めることで糸だけでなく指先とかも見えてくる。ってか何を縫ってるんでしょうか?むしろミシンだから、繕ってるんですかね。
神野 青い糸ってことは、縫ってるものも爽やかな色だと思う。同系色の青とか、あとは白とか。
野口 青以外の色だと、雰囲気もまた変わってきますよね。少なくとも「夕涼」ではなくなってくる。
酒井 ミシンって、今身の回りにありますか?僕はあんまり見かけないんですよね。そこが逆に新鮮ですね。
野口 私はやはり母のミシンのイメージがありますね。少し懐かしいような感じ。うちの妹は裁縫が好きで独り暮らしの部屋でもよく使ってるみたいですけど。
神野 すごく繊細でビビッドな感覚の句だと思います。
野口 はい、涼しさの中にどこか温かみがある句だと思いました。
神野 ほかにも心に残った句をいくつか。まずは「道場に一人残れる裸かな」(青本瑞季/広島高校)。静かな夕暮れですね。柔道かなあ。練習が終わってみんなが帰ったあとも、最後まで道場に残っている。練習をして、片づけをして、道着を脱いで、裸でそこにいる。マッチョだよね(笑)。このマッチョ感、「道」と呼ばれるスポーツらしさを捉えているところが面白いな。
酒井 イケメン俳句ですね。裸、とある意味漠とした言い方をしつつ、その人の筋肉とか、肩から出る湯気とかにクローズアップしている。
野口 一人残っている、という情景が寂しさがあって、しなやかな句だと思いました。
神野 表現も簡潔で、その表現の欲のなさも、ストイックな「道」の精神を体現していると思いました。
酒井 季語で語らせている句ですね。
神野 それから「双肩に宇宙は近し素っ裸」(入河太輔/開成高校)。これはかっこええ句やなあと。裸の両肩のすぐそこに、宇宙の闇、星々が迫っている。まるでこの人がぜんぶ背負っているかのような…命の可能性みたいなものを感じましたね。
酒井 ロマン豊かですね。宇宙が近いってのは単なる観念なのか、それとも具体的に、例えば山荘の露天風呂とかにいて、星空が近く見えたのか。観念だとしたらやや季語が弱い気がします。
神野 オリオン座のイメージもあった。あれ、肩に星あったよね?
野口 たしかに。ここで「双肩」はなかなか言えないですよね。そして、「宇宙」への飛躍。
神野 「近し」が少し弱いのかな?でも、自分の身体感覚としても、裸になったときの、壁が取り払われて何かがパッと近くなったような気がするあの感じ、もしその何かが宇宙だとしたら、すごいなあ、と。
酒井 素っ裸という言い方も句のダイナミックさを引き出していると思う。
神野 「峰雲を小沢征爾が動かした」(平林遼也/松本第一高校)。松本だからサイトウキネンかな。小沢征爾のパワフルな指揮を、峰雲まで動かせるってところで表現しているところ、健やかな想像力のなせる句だと思いました。
野口 むしろそのパワフルさが仕掛けとしてちょっと分かりやすすぎたかも。語順のせいなのかな。指揮の手ではなく音楽が動かしているイメージを先行させてみたいですね。
酒井 サイトウキネンって初めて聞きました。その場にいて、その音楽の迫力を感じないと作れない句ですね。徐々に音楽が盛り上がっていって、ジリジリと雲が動く。ダイナミックですね。
神野 「キャベツ食う食う食う泣いてなんかない」(立花和大/立教池袋高校)。このなよなよ感がいい(笑)。大もりのキャベツをどんどん口へと運びながら「泣いてなんかない」と自分に言い聞かせているんだと思うけど、すでに泣いてるよね。目に涙を浮かべている感じ。口惜しいことがあった夜、という雰囲気ですね。
酒井 キャベツを口の中でごりごり囓る感じ。これ誰が泣いてなんかないんですかね。実は作者は、キャベツをもりもり口に突っ込む女の子を観察しているんじゃないですか?三浦春馬くんとかがこの観察する男の役をやってそう。
野口 えぇ、そうなの?やっぱり主体は男の子のような気が。女の子が観察してるのでもいいんだけど、強がってる男の子がいいなあ。三浦春馬くんが食べてるのでいいじゃん。(笑)
酒井 独白だとすると、なんかあまり共感できないんですよね。大盛りの白ご飯とかを口に突っ込んでる方がリアルかなぁ、と。僕の感覚の問題かもしれませんが(笑)
神野 「食う」を三回重ねたり、反語的に呟いてみたり、口語で攻めているところの勢いを感じる句でした。それから「腕二本あるということキャベツ抱く」(岡村瞳/宇和島東高校)。腕二本あって、さてどうする…というとき、「キャベツ抱く」という行為を選んだ。キャベツのみずみずしさ、重さを腕にリアルに感じている感触。腕二本がありながらそれをキャベツを抱くということにしか使っていない自分の無為な気分も、少しあるかな。
酒井 腕二本って言うなら抱くはいらないんじゃないか、と一見思いましたが、そういうことなんですね。無為、までは読めなかったですね。むしろキャベツの重さを通じて、いきいきと生きているという感覚を呼び起こされている感じがします。
野口 全体的に「キャベツ」の題は難しかったのかなあという気がしました。題ごとにさまざまなカラーがあることが分かりますよね。戦い的に言えば、この題は自信があるんだよなぁ、とか、違う題で当たってれば勝てたのに、とかあるんでしょうね。どの勝負もそうですが、運も大きいんだろうと思います。
(次回は野口る理の推薦句をよみあいます)