過去過去と蛙は鳴いて水に空   神野紗希

たとえば、ホトトギスの鳴き声が「テッペンカケタカ」と人間の言葉のように聞こえるというのは、江戸時代からあるらしい。動物や自然の音に、人間の言葉を当てはめて聞きとることは、文学の歴史においてもよくあるテクニックである。
掲句は、〈蛙〉の「カコカコ」という鳴き声から〈過去〉を聞き取った句。「カコカコ」自体、蛙の鳴き声としてはシンプルなもので、それを〈過去〉と変換することもシンプルであるが、だからこそ疑いようもなくストレートに読者に響いてくる。
単なる言葉の変換遊びで終わらないのは、今なお俳句代表として鎮座する《古池や蛙飛びこむ水の音   芭蕉》が思い浮かぶからだろうか。
〈水に空〉という移ろいやすいものに移ろいやすいものを重ねるのも、移ろう未来のイメージにつながる。
私たちの〈蛙〉は、私たちの俳句は、未来を見つめているだろうか。

「君それは」(2016.4)より。