紗希 今日から6月の終わりまで、「よみあう」は、特別編として、spicaに連載していただいた「つくる」の作品を、毎回二人分ずつ読んでいきたいと思います。
華子 あれから一年って、早いね!
る理 もう、という気もするし、まだ、という気もします。
紗希 一年間を振り返ってみて、「つくる」の作品をきちんと読み直す機会がほしいなと思ったのです。
る理 ささやかながら、お礼の気持ちもこめて。
紗希 とはいえ、「ほめて気持ちよくする」というわけではないですが…
華子 ばしばし読んでいきましょう。
紗希 まずは、2011年5月の、記念すべき第一回目。山口優夢さんの「ロビンソン」です。
る理 なんで「ロビンソン」?
華子 スピカと言えばスピッツらしいよ(笑)スピッツの曲名で揃えましたって言ってた。
紗希 頼んだのも、とっても急だったよね。
華子 5月1日までに、一週間、あったっけ(笑)
る理 どうもありがとうございました!
紗希 俳句+エッセイという形式を選んだのは、インターネットという場所で俳句を発表するときに、俳句を読む手掛かりにもなるし、一句の見せ方には、ただ一句がぽんとおかれるだけではなくて、もっといろいろなかたちがあるんじゃないかという気持ちもありました。
る理 優夢さんの連載が、ひとつのシンプルなモデルケースになりましたよね。
紗希 うん。
る理 日記形式という訳でもないんだけど…
紗希 俳句に「前書き」というものがあるけれど、しいていえば「後ろ書き」みたいなもんかね。
華子 私は優夢くんの書くもののなかで、エッセイって結構好きなので、楽しめたなと思う。
紗希 では、作品をいくつか見ていきましょう。
死はいつも見知らぬ祭ゆくごとし (2012年5月27日)
る理 この句が一番好きですね。
紗希 わたしも。
華子 ・・・わたしも。
紗希 気が合うねえ。
る理 「死はいつも」などという言い方をすると、陳腐というか説教臭くなりがちだけれど、「祭」につなげたのが不思議なリアル感があっていいと思いました。「祭のごとし」ではなく「祭ゆくごとし」であるところもよかった。
華子 優夢君の句を見て、その平和な孤独感に胸がぎゅっとなることがある。この連載ではないけど「ちちははに少し遅れて初笑ひ」とか「秋雨を見てゐるコインランドリー」とか「ポインセチアみんなが笑ふから笑ふ」とか。じゃんじゃん出て困るね(笑)。この人寂しいんだなって思うんだけど、そこに暗さはない。本人が孤独だと悲観してないからだと思うけど、明るい孤独だと思う。
紗希 どこかでドライだよね。
物音として人声を聞く祭 (2011年5月19日)
紗希 これも祭の句だね。
る理 お祭りに一緒にいく相手が欲しいんでしょう。
紗希 「物音」と「人声」、どちらも音なのを、言い方をずらしてるね。
華子 甲府、祭りが多い。信玄祭は有名みたいだけど、花水木の祭りまである。
る理 これからは、夫婦で一緒に行けますね!
華子 休みがあえばねー(笑)よく一人で取材に行ってる姿が夕方のニュースに出てたりするよ。
東京が見える花氷の向かう (2011年5月20日)
華子 見知らぬ祭りでもそうだけど、それは故郷がないと自分で思っているからなんだろうと思う。それが何でなのかはわからないけどね。祭りはよりそこが誰かの故郷であり、自分の故郷ではないと実感するシチュエーションなのかもしれないね。
る理 甲府で詠んでるってことが前提になってくる句ですよね。私はあんまり好きではないかも。「東京」という言葉からのイメージが、華やかで冷たい花氷を通すことによって、どう変化するのかな。
紗希 「東京」だと、「花氷」に対して広すぎるような気がしますね。面積的にも、言葉の意味の上でも。東京って輝かしくて冷たい場所、だから花氷、っていうのもちょっとベタかな。
る理 まさに、文章込みの句ですよね。
紗希 うん、このひとは東京出身だってことが分かる。
水と空のまぶしさに蠅ひとつきり (2011年5月25日)
華子 みたいなのはやめたらいいのに。狙ってる感じで。素直な性格なんだから狙おうってしてんのもすべて見えてしまうよね。狙われるとよけいに面白くない。
る理 俳句は、ふつうですよね。
紗希 ちょっと構図が分かりやすいかな。「水」「空」「蠅」だと、ほんとうの蠅が見えてこない気がする。まだことばの世界だけにとどまっている句だなと思いました。もう一歩が見たい。
赤外線通信はキスに似て聖五月 (2011年5月6日)
る理 キャー。
紗希 「聖五月」がね…。処女懐胎、プラトニックラブな感じというか。
華子 甲府の話じゃないけど、赤外線がキスに似てるっていうフレーズは、とある少女漫画にも使われていて(結構前の漫画)ショック受けてた。
る理 でも、キスに似てますかね…?
紗希 こう、近づけるかんじじゃない?
る理 あれって、ちょっと離したほうがいいんですよね。比喩がよく分からなかった。
紗希 キスするために顔を近づけてるときのどきどき感なんじゃないの?
華子 余計に恥ずかしいな。(笑)
上目遣ひにあやめが咲いて曇りかな (2011年5月14日)
紗希 文章、「かわいいやつ」って(笑)。
る理 元気づけられてるんでしょうね。
華子 本当に甲府、菖蒲がすごく咲いてるの。今ちょうど満開。歩道にこんなにあやめが咲いてる町はじめて。
紗希 そうなんだ。
る理 「あやめ」が女の名前っぽいから、「上目遣ひ」は簡単すぎるかも。
華子 んー、わかんないけど、女の子を想定してるよね。JK。
山影は夜より暗し竹婦人 (2011年5月24日)
る理 「女の代わりに竹婦人を抱いていたら、女は暑苦しくて抱けなくなった。」!!!
紗希 ぷぷー!(笑)
る理 なにより、この文章ですよね(笑)。
紗希 抱けるくせに。ポーズめ。
る理 はなさん、なにか一言お願いします。
華子 いや、これ言っていいのかわからんが、優夢君は夏は熱いし冬は冷たい迷惑な生き物だから、できればこの発言を実現してほしいですな。
夏富士やどんぶり覗きつつ食らふ (2011年5月18日)
る理 「死はいつも見知らぬ祭ゆくごとし」と、もうひとつ選ぶなら、この句でした。気持ちがいい句ですよね。
紗希 うん。
る理 どんどんなくなっていくごはんと、くっきりと見える夏富士の合わせ方も、巧い。
紗希 「夏富士」ぴったりだよね。「あっぱれ!」っていう食べっぷり。
る理 記者さんはゆっくりごはん食べられないのでしょう。実感があると思います。
華子 そうね。でも覗くっていうと、上から覗くイメージがあって・・・。かきこむ感じは見えなかったけど。気持ちいい句だよね。
紗希 臨場感ってことでいうと、「覗きつつ」は、もう一歩いけそうな気はするんだけどね。このままでも悪くはないけど、ちょっと・・・「覗く」っていう行為は、ちらっと、とりあえずって感じがするけどもっとがっつり顔つっこめないかな。でも「夏富士」いい。
る理 夏富士、推すねえ(笑)。
久遠とは夏の床屋のポールかな (2011年5月9日)
紗希 私がもう一句とるなら、これ。「永遠」とか「とことは」なんかではなくて「久遠」っていう言葉が、案外新鮮だった。昭和懐かしって感じよね。
る理 夏のまぶしさが感じられますね。
紗希 ちょっと晩夏っぽい光も、もう混じってる気がする。
華子 まぶしさと、コンクリートの熱の感じがいいね。「久遠」って言葉、確かにいいかも。大きい言葉だから景色が広く見えていいね。
○まとめ○
華子 俳句にはちょっとむらがあったかもしれない。
紗希 そうだね。優夢の俳句の特徴のひとつは、理知的なつくりだと思うけど、今回のは、その理が勝っているというか、なぜそのような俳句にしたのか、構造のわかりやすい句が多かったかな。
華子 字余りは多かったね。
紗希 比喩も多いなと思ったよ。ちょっと、見立てにしてるのが分かりやすすぎたな。
る理 そうですね。でも、楽しんで作っていただけたのではないでしょうか。
紗希 どのへんからそう思う?
る理 キスしてみたり、女を抱けなくなったり。甲府の様子や仕事の気配のするワードなど、新聞記者をやってる日常が見えてくるのも。
華子 社会人一年目って一生で一回だろうけど、あまり余裕のない年だから、珍しい読み物かも。
紗希 今しか詠めないものを、どんどん詠んでほしいと思う。私もそうしたいし。
紗希 次は、2011年6月、谷雄介さんの「平成俳風鳥獣戯画」です。タイトルに象徴されていますが、動物を詠んだ句、かつ現代を鋭く切り取った句を30句、寄せてくださいました。
る理 毎日、ちがう動物の俳句を一句、それからその動物にまつわるエッセイがあって、最後に動物の例句を挙げるというスタイルでしたね。
華子 動物についての豆知識というか、引出が多い子だなと思った。例句があるのも面白かった。俳人が好きな動物に偏りがあったりね。
紗希 でもさ、締め切りが…
る理 大変でしたね(笑)。何度か、遅れてupになりました。「underconstruction」とか「2011年6月14日(仮)」とか。
華子 アップが遅れてスピカメンバーが「朝までまってね(はあと)」みたいなのアップしてたね。あれアップしたのって紗希ちゃん?る理ちゃん?
紗希 (はあと)って書いてきたのは雄介です。その分は、もう上書きしちゃったかな。
華子 そうなんだ(笑)。自分では「帰れない系」って言ってたね。かわいそうに(笑)ラーメンばっかり食べてないで野菜も食べなさいよって言いたくなる。でも、仕事しながら、毎日連載、しかもあの量!
紗希 うん。待ってでも読みたいという感じだったね。「HUNTER×HUNTER」的な。俳句もだけど、文章もいいよね。
る理 いい話のときもあるし、ブラックなときもある。面白かったです。
歩むたびかがやく同性愛の河馬 (2011年6月3日)
る理 良さが伝えにくいけど…好きでした。
紗希 私も。
る理 「歩むたびかがやく」河馬自体はわかりやすいし、ふつうなんですけど…。
紗希 「同性愛」っていう、この句のトーンをぐっと変える一語が挿入されてるよね。動物に同性愛って…
る理 ないんじゃない?愛そのものが、疑わしい。
華子 愛そのものが疑わしいってすごくる理ちゃんっぽいね。
紗希 なるほど。エッセイの末文「動物達が僕達のことをどう思っているかは畢竟分からない。しかし、僕達はどうしてこんなにも強く、彼らのことを「想う」のだろうか。」につながるね。この二文で書かれてることは、連載全体の起点にもなってる。
ユニクロへ駆け込む兎聖書抱え (2011年6月4日)
紗希 私は、この句が一番好きだったな。
る理 紙版「スピカ」にも転載しましたね。
紗希 現代の消費社会の象徴的な存在の「ユニクロ」と、信じるってことのシンボルのような「聖書」の組み合わせ。駆け込む先が教会じゃなくてユニクロだから、なんか途方もなく救われないかんじがする。
華子 雄介君の言葉のセンスってすごいよね。単体で見るとそんな暗い力持っていない言葉なのに、組み合わせてすごく本来の魅力と全然違う力を引き出してる。
る理 「駆け込む」って言葉だけど、跳ねる絵が見えてくる。きっと白い兎だと思います。
紗希 関悦史さんの「エロイエロイレマサバクタニと冷蔵庫に書かれ」(『六十億本の回転する曲がつた棒』)と、似た構造だよね。雄介の句は、「兎」が出てくる分、寓話になって、より風刺がきいてると思う。
同期の牛同じトレイに収まりぬ (2011年6月16日)
る理 これはちょっとよくわかんなかった。
紗希 うん・・・「同期の牛」は難しいかも。人間なのか牛なのか、ちょっと判然としなくて。寓話のかたちともちょっと違うよね。
華子 まぁ、雄介君の同期は丑年って話だね。同じトレイに収まる状況もよくわからなかったね。
泣きながらわが鮟鱇を曳きまはす (2011年6月19日)
華子 この30句、どれが一番好きかと言われると、なんでこんなに困るんだろうね。でもやっぱりシュールなのが好きだな。ほていさん、おいしいよね。初めてのあんこう鍋があそこのあんこう鍋で、感激した。
紗希 そうなんや!私は、シーズンオフのほていさんしか知らんのよね。たしか、風邪ひいて行けなかった…(泣)。
華子 この句は泣いてるのがいいと思う。泣いてるけど、別にあんこうのために泣いているわけじゃなくて、小さい子の毛布みたいな感じかな。私はずっとバスタオルしゃぶってたが(笑)。
る理 ええっ、そうなの、なんかかわいい。
華子 スヌーピーのキャラにもいるよね、あんな感じ。それがあんこうだった場合を想像するととてもシュール。
紗希 泣きながら曳きまはす「わが鮟鱇」って、鮟鱇がイコール自分だよね、もう。大事な鮟鱇的な部分が、外に出ちゃってる、剥き出しでかなしいなあ。
狼の視野に乳房を敷き詰めよ (2011年6月13日)
る理 この時のエッセイが衝撃的でしたよね。
華子 うんうん。私、よくネタとして友達に話したな(笑)。
紗希 「男は狼」みたいな短絡的なところで終わってなくて、むしろ罰を受けてる感じがするな。乳房をたくさん敷き詰められたら、欲情しないんじゃない?ちょっと気持ち悪いくらい。
華子 「よ」で終わる句っていうのは割とあるなーと思うけど、こんだけの無茶ぶりはあんまりないんじゃないかな。狼の視野にきっと乳房を敷き詰められたとしても、きっと見ているようで見てくれないんだろうなとか思ってちょっとさみしい。
猪も派遣社員も濡れて生まれる (2011年6月11日)
る理 エッセイ、切ないですね。「もう何もかもが手遅れになってしまっていた」…
紗希 なんていうか、真面目に感動するね。
る理 この連載のエッセイって、結構ヘビーな内容なんですけど、最後はドライなんですよね。だから、ぐっときちゃう。
紗希 この句も私は好きだな。
る理 社員じゃなくて、派遣社員。
紗希 無防備な感じかな。濡れて生まれてくるっていうところで、派遣社員の、それこそ裸一貫な感じが。
華子 裸一貫・・・。そうだね、ちょっと追い込まれている感じの危機感とか。
る理 派遣社員のたくましさ?繊細さ?
紗希 「猪突猛進」的な連想もね。
狂ひ痩せてもはや鼠に見えぬなり (2011年6月15日)
る理 いい句だねー。
紗希 ねー。
華子 私も好きだな。狂い痩せるってものすごい怖い言葉だね・・・。
紗希 ラットな感じ。でも、鼠なんだよ。鼠に見えなくっても。なんだろう、私、この鼠に感情移入している(笑)。
華子 まじか(笑)。あと、近所のおじさんが私が捕まえた鼠を殺したこと思い出した。
人間は滅び少女は跋扈せり (2011年6月30日)
る理 ラストは人間ですか。
紗希 やっぱりそう来ましたか、という感じですね。
る理 少女は人間ではない、っていう捉え方ですよね。
紗希 少女に希望がある、というのとも違うのかな。「跋扈」だから。
華子 希望ほど明るいものでなないだろうけど、何かの始まりの気配はするかもね。少年じゃなくて少女であることがドライ感を増すことができてるんじゃないかな。
紗希 「人類滅亡」みたいな遠い未来のことではなくて、まさに現代はすでに「人間は滅び少女は跋扈」している状態なのかも。世界を満たしている、幼さ、あかるさ・・・。
る理 文章は重いけど、句は決して重くないよね。
紗希 こう、素直に「死ぬのが怖い」と言われると、思い出すよね。あ、そうだ、死ぬのって怖いなってことを。ふだん忘れようとしてるけど。
る理 末文の「この無意味な営みの中で、いま僕が、あなたが、俳句を作る意味は何か」。このことも、ふだん、意識しつづけられてはいない。そのことを、意識させられる。
紗希 うん、でも、決して悲観的な言葉ではないってことを、彼の作品が証明してるんじゃないかな。
華子 でも最後は人間じゃなくてもよかったかも。オチをつけたかったんだろうけど、その狙いがよく見えてしまってたな。
紗希 ま、たしかにね。私はベタなの嫌いじゃないけど、ダメって人もいるだろうね。
○まとめ○
る理 あらためて、読みあうと、デリケートな話題も多かったですね。現代風景だからこそ、でしょうか。
紗希 ただの、批判とか皮肉じゃなくて、生きているものへの深い愛を感じたなあ。
る理 なかなか露出の少ない、雄介さんの作品を、まとめて読めて嬉しかったです。反響も大きかったですね。
華子 もっと詠みたいなって思う。30回じゃ足りなかったね。また別の機会に見てみたいな。
紗希 じゃ、早速お願いしますか(笑)。
(次は、御中虫「家の中」と久留島元「平成狂句百鬼夜行」をよみあいます)